2018年08月08日 15時34分
何も無い贅沢 何もしない満足とは?
海が凪いている
ゆっくりと流れる雲
たまたま見つけた
癒しの場所
自分だけの絶景
これだけ広い空間に
何も無いという贅沢
ただゆっくり
時の流れを味わう
何もしないという満足
暑い夏だった。
悪い癖で、
テーブルに付きっぱなしの
肘が痛い。
その街に住んでいる
彼女に会っていた。
その店の冷房は、
ガタガタと音をたて、
それでもなんとか
冷気を吐き出していた。
天井に掛かった
安っぽいシャンデリアが、
その風でチラチラと揺れていた。
「ここは、どう?」
と訊かれ、
初めは彼女の質問の意味が
解らなかったが、
この街の事だと思い、
昨日来たばかりなのに、
好きだと答えた。
ふたりは、遠距離恋愛だった。
いつもは彼女が、
私が住んでいる街に、
もしくは全然別の街で、
待ち合わせしていたから、
私が、
この街を訪れるのは初めてだった。
たった一日しか、
その街を歩いていなかったけれど…
好きだなぁと思ったのは、本当だった。
そういうことって、ごく稀にある。
理由を説明しろと言われると、
言葉に詰まるのだが…
何かがピッタリきたと言うしかない。
一目惚れというのも、
なんだか照れくさいが、不思議な感覚。
「何ちゅうか…
何もない贅沢、
何もしない満足って感じ」
「うん。
でもそういうのって…
なんか、イイよね」
もうどれくらい
この店にいるのか。
話している時間より
話していない時間のほうが長かった。
彼女は店の外を眺める。
Yシャツが汗だくの青年
日焼けした足の女子高生
ボロボロのデニムの男性
半ズボンで走り回る子供
そして私は、
そんな彼女の横顔を見てる。
「うん?」
にこにこと
笑う顔をみると、
何故だか私は、目を伏せてしまう。
「あのね…」
午後五時二十分という、
ものすごく中途半端な時間。
カフェの客は途絶えて、
店員も暇そうにしている。
彼女は突然、話し始める。
「あのね、
あれ…風船の歌って、知ってる?」
「ん?えっ?何それ、知らない」
「あのさ、
二人の間に
風船があってさ…
それを割れないように…
飛んでかないように…
って、歌」
私は、
目の前の彼女との間に、
風船を想い描いた。
確か、聴いた事は
あるはずだったが、
もう歌詞は思い出せないし、
音程もふわふわしている。
少し難しいメロディーだったか?
夕方の街は、
まだ暑くて、埃っぽくて、やっぱり暑い。
街全体は、濃いオレンジ色で…。
彼女は、
氷の溶けたカフェラテを、
ストローでグルグルと
掻き回し続けている。
そのあとも、
ふたりは、何気ない話をボツボツ話した。
彼女が、駅まで一緒に歩いてくれた。
ぴらぴらと、小さな手を振る。
「じゃあ!」
「…うん」
帰りの電車の中で、
彼女と一生ここで
暮らせたらいいなぁ…と、
本気で思った。
そして、
あの風船の歌。
ふたりの間にあった風船は、
割れることもなく、
飛んでいくこともなかったのか?
そのあとの物語。
知りたいと思うけれども…
やっぱり、知らないでいいと思う。
たとえ
何もなくても、
何もしなくても、
現実は続いていくのだから。
それから、暫くしてからだった。
彼女の、訃報を知った。
事故で即死だった。
生きるとは何か?
私に誰も問わなければ…
私は、その答えを知っている。
しかし、誰かに問われ…
説明しようとすると…
私は、生きるとは何かを知らない。
生〓たまこ〓命