狐花の日記

2015年12月21日 22時44分

12月21日(月曜日) 曇り

今日は別段書く事はないんですよね。
朝起きて学校に行って。
帰りに喫茶店に寄って美味しいワッフルを見つけたくらい。
こういう小さな事が幸せだと人々は言います。
けれど実感できなくて。
生きてる心地がしなくて。

――――ふと、浮いてしまっている様な。
そんな危うささえ感じる。
どうしたら満足できるのだろう。
自分でさえ見失っていて。
本当に少しの満足の為に人生を踏み外しそうな。
そんな危険な賭けに身を委ねてしまいそうな。
何の面白味もない退屈だった。

嫌いだ。
暇が、退屈が、面倒が。
それでもやることを淡々とこなした。
けれど誰も誉めてくれない。
誰もが言う。

「お前(あなた)はいつもやりすぎる」

――――と。
じゃあお前らはどこまでで止めるんだよ。
そこで諦めてるんじゃないか。
それなのに自分が諦めた先に行ったからって。
何も蹴落とそうとしなくてもいいじゃないか。
くっだらない。
そんなことしてる余裕があるなら前に進めよ。

だって···回りを気になんてしてたら一位になんかなれない。
出場する権利すら、勝ち取れやしないんだから。
そうこれはアクセルベタ踏みのチキンレース。
ぶつかるが先かゴールするが先か。
それだけの話。
本当につまらない。
ただ当たり前の、世界というゲームのルールだ。

MyDear

たぶん自分は幸せなんだろうけど幸福感が感じられない、実感できないから幸せじゃないってのは良く分かる。

あと当たり前のことを当たり前にやるってのは案外しんどい。だけどそれを褒められても「みんなもやってるし」と思って素直に受け入れられないジレンマ。

それと「やりすぎる」は否定の意味だけじゃなく心配の場合もあるのよ。
真面目に仕事こなして身体壊した結果、「だからやりすぎなんだって言ったでしょ」って。ああ、客観的に見て頑張り過ぎてたのかとベッドに身を委ねながら言葉の裏側にようやく気付いた。

2015年12月22日 10時13分

狐花

心配と言うよりは、不思議なモノを見る様な。
自分達の理解の外であるかの様な反応でしたね···。
心配なのかもしれませんがやっぱり実感はできません。
また、止まることもできないです。

2015年12月22日 21時21分