2015年10月06日 23時50分
中二病の自分を愛したように、世界を愛せ。
2005年 中学2年生・・・愛知万博に合わせてインターネットが急速的に普及した時代でもある。
我が家にもインターネットが導入され、ブログサービスや簡易ホームページ作成サイトなど、情報発信の夜明けのなる時代にもなった。
そんな時代の自分もブログサービスや掲示板などに手を伸ばしはじめていた。
カッコつけて書いた文章だらけで、今を考えると恥ずかし過ぎて顔から火が出てしまうことが多くある。
大人になった今でも、カッコつけた文章を書いているのだから、自分自身の本質はブレない何かを持っているのだろうと感じているが、いつ文章を書いても、年季の入った文章は熟成するが如く恥ずかしいものへと変化することがある。
それでも、時事ネタや、テレビ番組の感想を、評論家気取りで評論して自己満足する自分が、かっこいいと思ったり、「小説」という「くだらない文章」を書くことを、今でも面白いと思っていたり・・・
そう思っている時点で、もう中二病に毒された自分というものが、わかってしまうのだ。
ただ、それが悪いことばかりではない。自分が考えていたアイディアがテレビ番組で、偶然にも実現したことが、何度かあり、とてもうれしく感じたことがあったし、評論したって同じ感想を持つ人がいれば嬉しくなり、仲間になることも多くあった。
中二病を「創造力」に変えれば、自分自身がもっともっと突き進める、何でもできる気がするという気持ちが生まれてくるのだ。
大人になれば「中二病」「創造力」がバカバカしくなってしまうだろう。それでも大人になった自分はバカバカしくないし、楽しいのだ。
面白いと思ったことをやること、面白いと思ったことを考えること「中二病」いや「想像力」なのだ。
大河内綾
りえぽん@SNS疲れさん>ありがとうございます。プロでないことは、自分が面白いと思うことを自由に書いていいという意味とも捉えています。他の人の意見もプロでないから面白いと思います。たくさん書いて、たくさんの知識を知りたいです。
2015年10月17日 19時20分