【1935年8月12日】
相沢事件が勃発。
永田鉄山陸軍少将、相沢三郎中佐に斬殺される。
統制派との対立や彼自信の狂信的な何かが惨殺事件へ駆り立てた。

仙台の藩閥で尊皇の志高く、四連隊や五連隊の隊付指揮官となり、西田税や磯部らとの関わりもあり皇道派の急進的存在であったことが伺える。
彼の事件を聞いた停職中の磯部一等主計は激昂したと言う。

永田少将の遺体は軍刀による数えるほどの攻撃であったが激しく損傷していた。

合田隊長の人@㍽

相沢中佐自信がちょっとあれな人だったので仕方ないです。

2019年08月12日 09時03分