2020年10月18日 21時00分
確かに、ここにいる 第5話
それからというもの田島は、たびたび僕の家にやってくるようになった。
「友だちの少ない早川のところに出入りしてれば、その姿を見たこずっちのオレへの株が上がるかもしれない。『友だちのいない早川くんの友だちになってあげるなんて、田島くん素敵!』って」
もはや天晴れと言う他ない田島理論だ。
田島が来るのをうっとうしいと思いつつも、アパートに入れることを拒まない自分に少し驚く。
最初はなし崩し的にだったが、それ以降は適当に用事をでっち上げたり、居留守を使ったりもできたはず。なのにそれをせず、律儀に部屋に上げてやっている。
気を許しているわけではない。自分について話したことよりも、まだ話していないことの方が多い。
しかし考えてみると、僕だって田島のことをよく知っているわけではない。田島は無駄なことはよく喋るが、自分のことはあまり話さない。
近くにいるようでいて、あまり踏み込んでこない。そうあるから僕は田島を拒まないのだろう。
あるとき、僕は用事があって駅から家に帰るところだった。夜の駅前はそれなりの人手で、酒でも飲んできたのかこれから飲むのか、そんな賑わいに満ちている。
ロータリーに近づくと、ふと、ギターの音色と歌声が聞こえてきた。
駅前での弾き語りはそれほど珍しくはないが、何人か立ち止まって聞いているのは珍しい。音楽のことはよくわからない僕にも、その歌声には惹き付けられるものを感じた。
低く太く、それでもよく通り、心地よく耳を震わせる歌声。
てらいや気負いもなく、ただ祈るように切実に歌っている。英語なのか歌詞の意味はわからないけど、心を打つものがある。
一曲が終わったようで、しんとした静寂の後、ぱらぱらと小さな拍手が鳴った。
こんな歌を歌うのはどんな人なんだろうと思い、集まった人の頭越しに見てみると、そこには最近よく見る顔が、照れたような笑いを浮かべていた。
田島だった。