意味のない失敗

よっぽど調子の良いときに、褒められるような文章が書けることがある。とりわけ憧れている人たちから褒めてもらうと、それはこの上ない感激で。わたしの生きるためのエンジンというか歯車は、そうした刺激でまわってる。
語彙が足りなくても、理論立っていなくても、真摯に言葉と向き合っていれば時々こういうご褒美がやってくるのだなと。そうしてわたしはそのご褒美を、これから先も享受し続けていきたい。うふふ。
飲みすぎは脳みそを小さくするし、そうすると言葉も扱いにくくなるから、やはりお酒はほどほどにしよう(これまで何回言った台詞かしらないが)。自粛が明けた今もなんとか週2ペースには抑え込んでいる。ようしこの調子だ。あとは一回量を減らせば…。

6月になってから休みの日は表に出るようになった。
大概ひとりだからほとんど誰とも言葉を交わすことなく、ただ映画を観たり本を読んだり絵画を眺めたりしている。喫茶店で知らない人たちの話に聞き耳を立てることもある。力を発揮せずして言葉に触れていられる瞬間はなんと贅沢だろうか。
スポーツが趣味な人たちは、みんなまだ活動の自粛が続いていてたいへんそうだ。汗を流しあって仲を深めるということは、やっていないわたしから見ても素晴らしく楽しいことだってわかるから可哀想だ。とはいえ我慢している分、再開の暁にはきっと大きな喜びが彼らに訪れることだろう。そのときのエピソードを、のちのち友人らから聞くのがたのしみだ。

今もとある純喫茶に来ている。
内装や働く人たち、みなまるで昭和で時が止まっているかのような雰囲気なのだが、唯一有線の音楽だけが時代の先端を走っていておもしろい。これはあいみょんだろうか?
ちぐはぐな時の流れに挟まれて、平成生まれのわたしはちょっといい気になっている。

大原タエ

ぼくも友達に連絡しようかなあ

2020年06月28日 16時12分

ゆがんだにんちをただすちゃん

大原タエさん ふぃ〜っとしてみよう

2020年06月28日 16時18分