2017年11月03日 21時00分
(祝) 戦闘力800記念 こうじ姫 前編
タグ: こうじ姫
むかしむかしあるところに、糠漬けの翁と呼ばれるおじいさんがおりました。おじいさんが作る糠漬けは、大層な美味で知られ、お殿様にも献上されるほどの一品だそうです。
おじいさんがいつものように糠の手入れをしようと糠床を開くとまばゆい光が溢れ、ふよふよとなにかが浮かび上がってきました。
「あれまあ、なんだこりゃ」
光に誘われるように抱きとめると、なんとそれは、糠に漬かった布でくるまれた玉のような赤ん坊でした。
「えらいこっちゃ!ばあさん、ばあさんや!」
慌てて居間に駆け込むおじいさんの目に、またもや衝撃的な光景が飛び込んできました。
情熱的な真っ赤なレオタードを着て、ヨガをするおばあさん。
ワシが糠と向き合っている間に、こいつはこんなことをしていたのか。
道理で最近のおばあさんは引き締まったヒップをしていたわけだ、と合点がいったおじいさんでした。美の影にはたゆまぬ努力があるのですね。
「なんですか、おじいさん。そんなに慌てて。まさか、私のレオタードに欲情して!?」
「四半世紀も前ならしていたかもしれん。そうではなくて、こいつを見てくれ!」
「失礼な、今でも現役ですよ。って、あれまあ!どうしたんですかこの子!」
おばあさんが足を大きく開き、両手を水平にピンと伸ばしました。おそらく驚きを表現したのでしょう。
「お前のポーズがどうした!」
「あらいやだ、おじいさん。ヨガのひとつである戦士のポーズですよ」
そんなことも知らないの、とおばあさんは鼻で笑います。
「小憎らしいばあさんめ…。いやそれはいいとして、かくかくしかじかでな」
かくかくしかじかと事情を説明するも、おばあさんは可哀想なものを見るような目でおじいさんを見ました。
「おじいさん、あなた疲れているのよ。さっ、一緒にヨガをして、こころと体を落ち着けましょう」
「なんじゃ、ワシをそんな目で見るでない」
「毎日毎日、糠のお世話をするのもいいですけど、たまには自分のお世話もしましょう」
「いや、しかし、現にこの子はここにいるわけで」
「そうですね。後で一緒に、親御さんの元へとお返ししましょう。大丈夫、私も一緒に謝ってあげますから」
おばあさんは何もかもを許すような、アルカイックスマイルをおじいさんに向けました。
「やめろ、ワシを誘拐犯のように扱うのはやめとくれ!」
「ように、というか、ねえ…」
少し怯えを含んだおばあさんの眼差しは、誘拐犯そのものを見るものでした。
「ああ、もう。どうしたらええんじゃ…」
「ですから、まずはヨガでこころを落ち着けて、その後でこの子を親御さんにお返しに行きましょう」
やけにヨガにこだわるおばあさんですね。
(おじいさん、おばあさん)
手取り足取り、おじいさんにヨガを教えようとするおばあさんに、春風のように優しい声が聞こえました。
「はて、おじいさん、呼びましたか」
「いや、呼んどらんぞ。ばあさんこそ妙に若い声を出してどうしたんじゃ」
「えっ、私はなんにも言ってませんよ」
どういうことだと首を傾げる、おじいさんとおばあさんに、再び声が聞こえてきました。
(おじいさん、おばあさん、私です。おじいさんに拾われた赤ん坊です)
「こやつ、脳内に直接…!?」
「あらいやだ、エスパーベイビー!? 」
(私は糠床から生まれたこうじ姫です。決して、よそ様からおじいさんが誘拐してきた子どもではありません)
ワシを誘拐犯扱いしおって、とおじいさんがおばあさんを横目で見ました。しかしおばあさんはこうじ姫に心底驚き、気がつかないふりでこれをかわします。毎日のヨガのたまものですね。
(身寄りのない私を、どうか我が子だと思って育ててはくれませんか。あと、早くこの布を取って洗ってください。糠くさくてたまりません)
糠まみれの布にくるまれたこうじ姫は、確かに食べ頃の糠漬けのようなにおいでした。
こうして子どものいなかったおじいさんとおばあさんに、こうじ姫という少し不思議な子どもかできました。
みそ(鳩胸)
姫とはワガママなものですね。
2017年11月03日 21時50分